千葉ニュータウン開発事業は、ニュータウン内のみでの職住近接化や自立化は、(1)仮にニュータウン居住者に見合う就業の場が形成されたとしても、その結び付きを確実なものとするには明らかに限界があること。(2)多摩ニュータウン固有の閉ざされた空間(東西14km、南北2〜3km、3、000ha)内で、自己完結型の職住近接化を図ることへの疑義もあり、必ずしも進路とするものでなかった。そして、これらのアンチテーゼとして導き出された概念であり、「ニュータウンを核とした地域通勤圏の生成」による「職住近接型新都市圏」の構築である。また、開発理念は、通勤活動に止まらずすべての都市活動においても近隣都市との結び付きを高める「相互依存圏」つまり「連携補完型新都市圏」の構築である。すなわち、千葉ニュータウンが当初より目指した連合都市構想は、第三・四の概念に相当するものである。とりわけ80年代の多機能複合化と広域展開、このための基幹交通施設の整備促進により一層この概念の具現化を指向するものとなった。