江戸時代は、遊女100人を数えた

2010-11-23

乖背川□島限半島東部、東西に細長く開けた芙保神社の門前町、芙保閔。その南側には鏡のように静かな入江をかかえた美保関港があり、古くから山陰の要港として栄えた。中世には海の関所も置かれ、江戸時代には1日の入出船1000隻、遊女100人を数えたという。美保関港の近くには関の五本松・美保神社・仏谷寺などが集中し、ここから殼東端の地蔵崎にある美保関灯台まで、遊歩道が通じている。晴れた日には、美保湾を挟んではるか大山の秀麗な山容が望める。一方、静かな内海側とは対照的に、島根半島の北刈一帯は峻推に海岸線が入り組み、雄大な景観が腱開する。保の北浦・多古の七ッ穴・潜戸とい美う松江周辺に奇勝が見られ、大山隠岐国立公園に含まれている。また島限半島中央部には出雲の古社、佐太神社がある。

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