日本の伝統意匠とエルメス

2011-05-17

デザインの象徴性に対する留意は、職人の世界では珍しいことではない。西洋での純潔の象徴としての百合などは、よく知られているところだ。日本でもかつては、工芸品や織物のデザインのひとつひとつに意味が込められていた。たとえばざくろは豊穣の、桃は幸福の象徴といった具合に、職人たちのごく一般的な知識であった。だが、現代では象徴性への理解がかなり薄れているのが実情だろう。京都などの伝統工芸工房には国内企業のデザイン部署からスタッフが研修に訪れるが、職人は「デザイナー」にこうした「基礎知識」がないことに驚くという。対照的にエルメスはデザインにおいても、歴史的な伝統を現代に縦横無尽に応用しているのである。謎解きに溢れたエルメスのスカーフは、国民的に「判じ物」に親しみのある日本人の一部には、とくに親和性のあるところではなかろうか。かつて、日本人はそれとははっきりと分からない、謎かけのような形で季節感や心情を表すことを好んだ。織物や蒔絵などでは、デザインに源氏香を用いて季節感を採り入れたり(「初音」ならば秋を示すというように)、あるいは和歌の「本歌取り」のような形で、詞の一部をデザインに織り込むことで作品の平面に物語空間を設けてきた。茶席にしても、着物や茶道具のデザインや銘、そして花や掛け軸がもつ象徴性がトータルに考えられ、いわば言葉や図案による空間デザインがなされる。遊びには教養が必要とされ、そうした機知が長くもてはやされてきたのである。ともすれば客層を選ぶエルメスのやや高踏的な雰囲気も、相手の教養を試しながら、かつ真意を明白にしないままに愉しむ日本の遊びの伝統に重なる部分があるだろう。日本人のエルメスに対する憧れの一因は、デュマによる教養と遊びあるいはファッションをワンセットにした姿勢が、どこか共感を呼ぶからかもしれない。